ぼくのこころに きみがくる 17.

君がいる未来









涙で赤い目のカレンの頬をその人は自分のハンカチで涙を拭いてくれた。
「あの、すみません」
ぐす、と涙声のカレンに笑顔を見せるとちょっと落ち着きましょうかと隅に置かれたベンチに並んで腰掛けた。レディースフロアのパウダールームはホテルのエントランスのように広く美しく整えられている。
「……ジノ、子供みたいなところがあるでしょう? あれに騙されちゃって、こちらの気持ちなんて全部はぐらかされるのよね」
「……」
「その日はそれでいいかと思うんだけど、ジノには未来が見えなかったの。その場だけが全てだったのよ」
連れて歩くには確かに格好いい。通り過ぎる女の子達が全員振り向くのはたまらない優越感があった。
「結局何にも見せてくれなかったわ。私はスマートにエスコートしてくれる彼しか知らないの」
そう言ってその綺麗な人はカレンに向き合った。動くたびにいい香りが漂う。子供の頃に憧れたミレイ先生のようだった。
「あなたは違うのね。あんなに慌てる姿なんて初めて見たわ」
くすくすと笑いながらカレンの髪を直し、少しだけねとポーチから取り出した口紅を塗ってくれる。
「はい、出来た。うん、凄く美人。ね、だからあなたは自信持っていいのよ。後ろに下がってちゃ駄目」

さすがにレディースフロアではジノは身の置き場がない。とはいえ、彼女待ちであろう男性客もぱらぱらといて、お互い目が合えば苦笑するより他ない。
(早く出て来いよ!)
泣いているカレンを連れていってしまったのは元カノだ。
イライラしながら待っているジノの前にその元カノがカレンを連れて現れた。
「……あれ、なんか違うか?」
「ジノ、私の時と全然対応が違うわね。私には反応示さなかったのに。ね、こういう男なのよ?」
「ちょっと待て……」
「あら、ばらされたくない何かがあるのかしら?」
さあ、とカレンをジノの前に押し出すと、その女性はカレンの手に名刺を一枚手渡した。
「何かされたら連絡してきて。すぐに助けに行ってあげる」
「おい!」
「大丈夫、自信を持ってね。あなたはとっても魅力的よ。それに本気みたいだから、彼」

手を振る彼女にぺこんと頭を下げるカレンの隣で、ジノがカレンの細い手を握り込んだ。
「……綺麗な人だね」
うっすら赤に染まった唇がそう動く。たったそれだけの事なのだが、目が離せずにいる自分がいる。
情けないことにさっきの元カノ、付き合っていた覚えはあるのだが、あの女性と何を話して何を見ていたのかまったく記憶にないのだ。お互いの私生活も知らないまま別れた。食べ物の好みも知らなかったな、そういえば。
「なあカレン、俺の好物知ってるか?」
「親子丼」
こういうことだ。という訳なので。
「嫁に貰おう」


喉の乾きを覚えてキッチンに向かえばルルーシュの部屋から細い灯りが漏れている。
(……まだ起きているのかな?)
だが、小さくノックしても返事がない。そっと扉を開けてみると机に突っ伏したまま眠っているルルーシュがいた。テキストもノートも何もかも広げたままだ。

薬剤師、か。

ルルーシュの優秀さは小さい頃から現れていた。成績表もテストもとにかくいい点数のものばかり。ジノやアーニャが凄い凄いと毎回騒ぎ立てる中で嬉しそうに笑っていたルルーシュ。離れていた時もその優秀さゆえに色々大変だったと聞いている。そのルルーシュを知る人間が一時動く気配があったが、シュナイゼルが電話でスザクに報告してきた内容はもう二度と巻き込まれることはないだろうというものだった。ルルーシュが生きたい道を行かせてやって欲しい、という父親からの伝言付きの電話はもう半年以上前だ。薬剤師になるというルルーシュに頑張れと言いながら、もしかしたらルルーシュの未来を塞いでいないかと思っていた迷いをスザクはそこで消滅させた。自分に出来るのは、ルルーシュが進みたい道へ進ませることだ。もっと違う道へと考える事もあったがその勝手な考えであの時離れる事につながったのだ。

「ん……」

人の気配にルルーシュが顔を上げる。眠りの底から浮上して瞬いた目はそこにいるのがスザクだと捉えた。
「……スザク、先生」
「風邪引くよ?」
そう言われてルルーシュは自分が机でそのまま眠ってしまっていたことにようやく気付き、慌てて時計を見る。
「え? あれ? 1時……しまった」
「お風呂あいたからって言った時は起きてたよね?」
それは覚えている。分かったと返事をした。ナナリーがおやすみなさいと告げたのもおぼろげながらに覚えているのだが……。
「お風呂入っておいでよ」
「……そうする」

スザクは当初の目的であったキッチンに向かうとグラスに水を注いだ。綺麗に整えられたキッチン、そしてリビングを眺める。
ルルーシュに会う前。
会った後。
一緒に過ごしていた時。
離れた時。
再度一緒にいる、現在。
うーんと考えてみると、とにかく住めればいい状態で、生活には無頓着。あれだけ不健康な生活で医者やっていたのだからジノから詐欺師呼ばわりされても仕方ない。それが規則正しい生活に変わって、ルルーシュがいなくなった途端に再び不健康な生活にまっしぐら。そして現在は食生活、生活全般において完璧な生活に戻る。冷蔵庫に水しか入っていないと怒られたのも遠い過去。
「……ルルーシュは僕の死活問題まで握ってるなあ」
ルルーシュがいなかったら生活すらも成り立たない。
「ホントです」
「うわっ、ルルーシュ?」
濡れた髪をタオルで拭きながらルルーシュが現れる。そのまま歩いていきスザクと同じように冷蔵庫から水を取り出した。
「は、早いね」
「シャワーだけにした。あ、それから先生、オレが疲れているようだから家事は手抜きさせてもいいかなんて考えているんでしょうけど、それこそオレの生活に支障をきたすから無理」
「……あれ?」
「お見通し」
ルルーシュはグラスを手にスザクと並んでソファに腰掛ける。
「受験が終わるまでは僕がやろうかと思ったんだけど」
「先生に任せる方が落ち着かない」
「……ナナリーにしてもルルーシュにしても僕は何だと思われているんだろう……」
「ナナリーより手がかかる39歳」
くすくすと笑うルルーシュにスザクはヒドいなと呟く。
「という訳だから先生、オレは大学はここから通うから」
「それがダールトン先生の誘いを蹴った理由?」
「……そう」
志望校を決める時期になる前からダールトンは足繁くここに通ってきてはしきりに自分が勤める学校を推していた。勿論それは魅力的な誘いではあった。だがいかんせん遠すぎる。通おうと思えば通える範囲ではあったが、それはルルーシュが学業だけに専念している場合だ。朝から弁当だ、朝食だ、洗濯だとこなし、帰宅したら帰宅したで夕食を作り、洗濯を取り込んでアイロンをかけ、休みの日は掃除に買い物、毎日の食事の下拵え、ナナリーとスザクの手伝いにより多少軽減されたとしてもルルーシュにとって全て優先すべき事項だ。
───これはオレの仕事だ。他の誰にも譲るつもりはない!
そして、ダールトンはルルーシュがいない間のスザクのぼろぼろの生活を知っている為に「我が家で下宿すればいい」という案は絶対に出せず、結局その学校へルルーシュを進学させるという目論見は泡と消えた。勿論、スザクを多少いたぶることは忘れない。

「僕が君の未来を狭めてしまっているということはないんだね?」
「先生がいるから頑張れるのに?」
スザクのパジャマをぐいと引っ張ってルルーシュは自分から唇を重ねにいく。何度もキスを繰り返して息を弾ませたルルーシュを抱き込むようにスザクは両の腕の中に閉じこめる。柔らかく白い首筋から甘い香りが漂う。
「……明日が日曜日で良かった。あ、日付はもう変わっていたっけ」
「だから……」

先生の部屋に行きたい。



******
金環日食、丁度いい時間に雲が切れてお日様を見ることが出来ました。遮光板を長男次男が取り合いで見てましたよ。その後はじいちゃん、ばあちゃんにも貸して、家族で観測(笑)こちらでは930年ぶりくらいとか。



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